2026年9月場所で新入幕を果たした、高砂部屋の朝翠龍(あさすいりゅう)関。
兄の朝紅龍関と兄弟幕内になったことでも注目されていますね。
実は朝翠龍関には名門校で学生相撲の実績を重ね、大学卒業後は養護学校の教員をしていたという驚きの経歴があります。
安定した仕事を辞めて、なぜ厳しい大相撲の世界へ進んだのでしょうか。
この記事では、朝翠龍関の高校・大学などの学歴や養護学校での教員経験、入門を決断した理由について詳しくまとめました!
- 朝翠龍の出身高校と大学
- 高校・大学の現在の偏差値の目安
- 養護学校で教員をしていた経歴
- 教員を辞めて大相撲へ入門した理由
- 朝翠龍のプロフィールと経歴
朝翠龍の学歴(高校・大学)は?
高校は相撲の強豪として知られる明徳義塾高校へ進み、日本体育大学でも全国レベルの成績を残しました。

高校も大学も相撲の名門!
相撲をしながら教員免許につながる学びもしていたんですね。
朝翠龍の出身高校は明徳義塾高校!偏差値は?
朝翠龍関の出身高校は、高知県の私立・明徳義塾高校です。
中学校までは地元・大阪府四條畷市で過ごし、高校から親元を離れて明徳義塾へ進学しました。
兄の朝紅龍関も同じ高校の出身です。
明徳義塾は野球をはじめ、多くの競技で全国大会出場者を輩出してきたスポーツの強豪校。
朝翠龍関も寮生活と相撲部での稽古を通して、競技力だけでなく人間性も磨いたといいます。
高校時代には、全国高校選抜大会でベスト8、全国高校選抜十和田大会で3位などの成績を残しました。
2026年度の入試情報では、堂ノ浦キャンパスの偏差値は43程度が目安とされています。
しかしコースやキャンパスによって数値は異なります。
母校は朝翠龍関の新十両昇進時に、校章入りの化粧まわしを贈りました。
四股名の「翠」と兄・朝紅龍関の「紅」を取り入れたデザインからも、母校と兄弟の深いつながりが感じられますね!
朝翠龍の出身大学は日本体育大学!偏差値は?
明徳義塾高校を卒業した朝翠龍関は、日本体育大学スポーツ文化学部武道教育学科へ進学しました。
武道教育学科とは、武道の技術や歴史、指導法などを学び、教育や競技指導の現場で活躍する人材を育てる学科です。
朝翠龍関が卒業後に教員になったことにも納得ですね。
大学では相撲部に所属し、1年生の時に全国学生相撲個人体重別選手権115kg未満級で優勝!
3年生の時にも東日本学生相撲個人体重別選手権135kg未満級で優勝しました。
4年生の時には東日本学生相撲選手権で準優勝し、全日本相撲選手権でも3位に入るなど、全国トップクラスの実績を残しています。
大学の同期には、横綱大の里関や阿武剋関がいました。
学生時代から強い選手に囲まれ、切磋琢磨していたのですね。
2027年度入試の目安では、スポーツ文化学部武道教育学科は35.0程度との情報があります。
一方、別の模試基準では46~49とされており、算出方法によって差があります。
また、スポーツ推薦などでは学力試験だけでなく、競技実績、小論文、面接なども選考材料になります。

大学4年で全日本3位!養護学校の教員になる前から、注目される実力だったんですね。
朝翠龍は養護学校の元教員!
朝翠龍関は大学卒業後、滋賀県立長浜養護学校で約1年間、教員として勤務していました。
角界入りせずに一度は教員の道を選びましたが、相撲から完全に離れたわけではありません。
教員時代には全国教職員相撲選手権で個人優勝。
全日本相撲選手権でも3位となり、幕下最下位格付出の資格を獲得しました。
さらに、ワールドコンバットゲームズの相撲男子重量級で銅メダルを獲得するなど、仕事と競技を両立しながら好成績を残しています。
- 滋賀県立長浜養護学校で教員として勤務
- 全国教職員相撲選手権で個人優勝
- ワールドコンバットゲームズ重量級で3位
- 全日本相撲選手権で3位
- 幕下最下位格付出の資格を獲得
角界入り後も、長浜市のこども園で相撲体験会を開き、園児と四股やすり足を楽しんだ朝翠龍関。
子どもたちに分かりやすく相撲を教える姿には、教員経験が生かされているのでしょうね。
朝翠龍が入門した理由は?
朝翠龍関が教員を辞めて入門した理由は、若いうちに大相撲へ挑戦したいという思いと、母・直美さんの願いがあったからです。
また、日本体育大学の同期だった大の里関や阿武剋関が角界で活躍する姿も、大きな刺激になりました。
朝翠龍関は、教員の仕事には将来戻ることもできる一方、大相撲へ挑戦できる時間には限りがあると考え、後悔しないために角界入りを決断します。
そして、朝翠龍関の大相撲入りを強く望んでいたのが母の直美さんでした。
本人も、母に関取となった姿を見せたいという思いが、入門を決めた大きな理由だったと明かしています。
2024年に高砂部屋へ入門すると、幕下最下位格付出で初土俵。
2025年9月場所で新十両となり、母直美さんが見守るなかで関取昇進を果たしました。
母直美さんは2026年2月に亡くなりましたが、生前に願っていた兄弟そろっての幕内は、その年の9月場所で実現しました。
ご家族についての記事はこちらから


安定した教員の道を離れるのは、大きな決断だったはず。
お母さまに関取姿を見せられたことは、本当によかったですね。
朝翠龍のプロフィールと経歴
最後に、朝翠龍関のプロフィールとこれまでの経歴をまとめます。
| 四股名 | 朝翠龍 涼馬(あさすいりゅう りょうま) |
|---|---|
| 本名 | 石崎 涼馬(いしざき りょうま) |
| 生年月日 | 2000年8月9日(2026年9月現在26歳) |
| 出身地 | 大阪府四條畷市 |
| 所属部屋 | 高砂部屋 |
| 身長・体重 | 175cm・120kg |
| 得意技 | 押し |
| 初土俵 | 2024年7月場所 |
| 新十両 | 2025年9月場所 |
| 新入幕 | 2026年9月場所 |
| 兄 | 朝紅龍 琢馬 |
| 趣味 | 銭湯巡り |
四股名は、新十両へ昇進した2025年9月場所から「石崎」から「朝翠龍」へ変更しました。
「朝」と「龍」は高砂部屋の師匠や兄の四股名につながる文字。
また、元横綱朝青龍関も高砂部屋所属でした。
四股名の「翠」には、翡翠のように技と心を磨き、光り輝く力士になってほしいという願いが込められています。
2026年9月場所では東前頭15枚目となり、兄・朝紅龍関と史上14組目の兄弟幕内を果たしました。
教員経験を持つ力士が、幕内でどのような相撲を見せてくれるのか楽しみですね!
兄の朝紅龍関についてはこちらから

まとめ
- 朝翠龍の出身高校は明徳義塾高校
- 日本体育大学スポーツ文化学部武道教育学科を卒業
- 大学では全日本相撲選手権3位などの実績を残した
- 大学卒業後は滋賀県立長浜養護学校の教員として勤務
- 若いうちに挑戦したいという思いと母の願いから角界入り
- 2026年9月場所で兄・朝紅龍と兄弟幕内を果たした
朝翠龍関は、明徳義塾高校と日本体育大学で相撲を磨き、養護学校の教員を経験してから大相撲へ進んだ異色の力士です。
遠回りにも見える教員時代の経験や、家族への思いも、現在の朝翠龍関の強さと人柄につながっているのでしょう。
新入幕を果たし、兄弟で幕内の土俵に立つという目標も実現しました。
ここからさらに番付を上げていく朝翠龍関の活躍から、ますます目が離せません!

