歌舞伎の義太夫節「竹本」を語る第一人者・竹本葵太夫(たけもと あおいだゆう)さん。
東京都・伊豆大島の一般家庭出身ながら、伝統芸能の世界で頂点に立ち、人間国宝(重要無形文化財保持者)として活躍しています。
この記事では、竹本葵太夫さんが「何者」なのか、そして年齢・経歴・学歴・出身などのプロフィールをわかりやすくまとめました。
竹本葵太夫は何者?年齢・学歴などプロフィール
#歌舞伎竹本 ▶京都ぐらし2512-012▷「踊る!さんま御殿!!」のご案内に熱い反響。2時間の収録中、相手変われど主変わらず当意即妙に受け答えるさんま師の熱量と持続力につくづく敬服。1時間に編集してお送りするが、さてどの様に組立てられているか…コワイ。
— 竹本 葵太夫 (@aoidayu) December 2, 2025
◆掲載ご許可を頂いております。 pic.twitter.com/lmC6LLDcU2
| 名前 | 竹本 葵太夫(たけもと あおいだゆう) |
| 本名 | 柳瀬 信吾(やなせ しんご) |
| 生年月日 | 1960年(昭和35年11月10日)生まれ・2025年12月時点で65歳 |
| 出身地 | 東京都大島町(伊豆大島) |
| 職業 | 歌舞伎義太夫・人間国宝 |
| 学歴 | 出身高校名は公表されていないが、伊豆大島(東京都大島町)の高校に通っていたとされている |
| 所属 | 伝統歌舞伎保存会 理事 |
| 称号 | 重要無形文化財保持者(人間国宝) |
竹本葵太夫の出身は?

竹本葵太夫さんは東京都大島町(伊豆大島)出身。芸事とは無縁の家庭で育ちました。
高校時代に地元で行われた「竹本の講習会」を聴講したことがきっかけで、義太夫の世界に魅了されたといいます。
卒業後に上京し、国立劇場の「歌舞伎音楽(竹本)」研修生として修行の道へ進みました。

高校生の頃に出会った講習会が人生を変えたんですね!
竹本葵太夫の経歴は?
#歌舞伎竹本 ▶初のバラエティー番組出演(詳細は後日)前に緊張しつつ展開を浚う。 pic.twitter.com/IjyA9k1Ad1
— 竹本 葵太夫 (@aoidayu) November 26, 2025
- 1970年代半ば:女流義太夫の竹本越道に入門。
- 1979年:二代目「竹本葵太夫」を襲名。『仮名手本忠臣蔵』で初舞台。
- 1980年:国立劇場研修を修了、「竹本連中」の一員として本格デビュー。
- 1980〜90年代:国内外の歌舞伎公演に多数出演。欧米・アジアで海外公演も。
- 2000年代以降:後進育成・研修講師としても活躍。
義太夫の伝統を守りながら、舞台芸術としての表現力を世界に伝え続けています。
人間国宝に認定されたのはいつ?

歌舞伎義太夫分野では約40年ぶり2人目の認定で、その稀少性も大きな話題になりました。
認定理由のポイント
- 『仮名手本忠臣蔵』『義経千本桜』など名作で主要な義太夫を担当。
- 人物の心情を繊細に表現し、劇の流れを明快に伝える力量。
- 国立劇場での後進育成を通じ、伝統継承に貢献。
太棹義太夫の格調高い語りと情感豊かな表現力が高く評価されています。

歌舞伎義太夫で40年ぶりの人間国宝…まさに名人ですね!
現在の活動・役職

- 伝統歌舞伎保存会 理事
- 国立劇場「歌舞伎音楽(竹本)」研修講師
- 歌舞伎俳優研修の特別講師
- 日本芸術院賞・文化庁長官表彰などを受賞
今も現役で舞台に立ちながら、若手の育成にも力を注いでいます。
まとめ
- 竹本葵太夫は歌舞伎義太夫「竹本」の第一人者。
- 1960年生まれの60代半ば(2025年時点)。
- 東京都・伊豆大島出身の一般家庭育ち。
- 高校卒業後、国立劇場研修を経てプロの義太夫太夫に。
- 2019年に人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定。
- 現在も舞台と後進育成の両方で活躍中。

一般家庭から人間国宝へ…努力と情熱が伝わる素敵な経歴ですね!

